ナノチューブ形状における放射状磁化によって誘起されるカイラル磁壁のスピン軌道トルク駆動による移動

2025年12月23日

私たちは、磁性体ナノワイヤの媒体中に微小な磁石(磁化)の配列を形成して、情報を記録する「磁壁メモリ」を研究開発しています。磁化方向が揃った領域(磁区)の境界で、磁化の配列がねじれた部分を「磁壁」と呼びます(図1(a)参照)。ナノワイヤに電流を流すと、伝導電子のスピン角運動量が磁壁に影響を与え、磁壁位置がシフトする現象が発生します。この現象を利用した磁気シフトレジスタは、次世代の大容量ストレージとして期待されています。

図1 (a) 磁壁の概念図 (b) 私たちの研究で開発しているPMAナノチューブの3D磁壁メモリのセル構造

テラビット級のストレージ実現に向けて、私たちの研究では、図1(b)に示す3次元(3D)のナノチューブ構造を開発しています[1]。磁壁移動層に垂直磁気異方性(perpendicular magnetic anisotropy: PMA)材料を使用し、ナノチューブ構造内に放射状の磁化方向を誘起することを目指しています。これにより、従来のスピン移行トルク(spin transfer torque: STT)よりも効率的に磁壁をシフトできるスピン軌道トルク(spin orbit torque: SOT)を利用できる可能性があり[2]、低消費電力のポテンシャルが期待されます。

3D磁壁デバイスの試作や評価には高度な技術が要求されるため、現時点ではナノチューブ構造における電流駆動磁壁移動に関する実験的な報告はありません。この実証のためには、理論的な研究を通じて3D構造に伴う形状効果を明らかにし、その洞察を磁壁移動層の設計にフィードバックすることが重要です。本研究では、解析的な手法である1次元モデル(1DM)[3]を用いてSOT駆動による磁壁移動現象を定式化しました。また、このモデルの妥当性を高精度なTCAD手法であるマイクロマグネティクス(μM)シミュレーション[3]を用いて確認しました。本成果により、PMAナノチューブにおけるSOT駆動磁壁移動のメカニズムが明確になるとともに、シフト特性の迅速な定量予測が可能になりました。

私たちはPMAナノチューブの形状効果を1DMに取り込むために、ナノチューブ内の磁壁に作用する複数の有効磁場の表式を導出しました。PMAナノチューブに特有の有効磁場の一例として、図2(a)に示す磁区領域から生じる漏洩磁場があります。図2(b)に示すように、この有効磁場はナノチューブ径の縮小に伴い増加し、カイラリティ(鏡像と重ね合わせることができない非対称な性質)を有するNéel磁壁(磁壁面に垂直な面内で磁化方向が変化する磁壁)状態を誘起します。SOT駆動の効率は磁壁がNéel磁壁に強く固定されるほど高くなるため、PMAナノチューブにおける磁壁の移動速度は、同じ材料で構成される2次元の平坦な細線における移動速度よりも一般に大きくなります。

図2 (a) PMAナノチューブ内の有効磁場の概念図 (b)有効磁場のナノチューブ半径依存性(λは磁壁半幅)
文献[5]引用、© 2025 American Physical Society

図3(a)にPMAナノチューブにおける磁壁移動シミュレーション結果の一例を示します。μMシミュレーションと1DMを用いて独立に、ナノチューブ上で磁壁がSOT駆動により移動可能であることを初めて示しました[4]。図3(b)は磁壁速度の電流密度依存性を計算した結果です。磁壁速度は電流密度だけでなく、ナノチューブ径や、交換スティフネス定数と呼ばれる磁気特性にも依存することを示しました。PMAナノチューブに特有のシフト特性を制御するためのノブが存在することを明らかにし、デバイス設計に向けた重要な知見を提示しました。

図3 (a) PMAナノチューブにおける磁壁ダイナミクス(スナップショットはμMシミュレーションの結果)
(b) 磁壁速度の電流密度依存性(R1はチューブ半径,Aは交換スティフネス定数)
文献[5]引用、© 2025 American Physical Society

本成果は2025年9月11日公開の学術誌 Physical Review Bに掲載されました(Phys. Rev. B 112, 094425, DOI: https://doi.org/10.1103/ngkw-t9r8別ウィンドウ)。

文献
[1] M. Quinsat et al., Demonstration of Reliable Magnetic Shift Register Reading Using 50 nm MTJs on CMOS IC Towards 3D Ultra-High Density Memory, EDTM 2025.
[2] N. Umetsu et al., J. Magn. Magn. Mater. 614, 172738 (2024).
[3] E. Martinez et al., J. Appl. Phys. 116, 023909 (2014).
[4] N. Umetsu et al., Theoretical study of current induced domain wall motion in perpendicularly magnetized nanotubes in three-dimensional magnetic shift register, Joint MMM-Intermag 2025.
[5] N. Umetsu et al., Phys. Rev. B 112, 094425 (2025).