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私たちは、磁性体ナノワイヤの媒体中に微小な磁石(磁化)の配列を形成して、情報を記録する「磁壁メモリ」を研究開発しています。磁化方向が揃った領域(磁区)の境界で、磁化の配列がねじれた部分を「磁壁」と呼びます(図1(a)参照)。ナノワイヤに電流を流すと、伝導電子のスピン角運動量が磁壁に影響を与え、磁壁位置がシフトする現象が発生します。この現象を利用した磁気シフトレジスタは、次世代の大容量ストレージとして期待されています。

テラビット級のストレージ実現に向けて、さまざまな3次元(3D)構造の磁壁メモリが提案されています。代表的な例として、図1(b)に示すようなナノワイヤを基板の側壁に沿わせたナノリボン構造[1]が挙げられます。一方、私たちの研究では、図1(c)に示すナノチューブ構造を開発しています[2]。このナノチューブ構造は、ナノリボン構造に比べて成膜が容易で、実現可能性が高いと考えられています。また、磁壁移動層に垂直磁気異方性(perpendicular magnetic anisotropy:PMA)材料を使用することで、従来のスピン移行トルク(spin transfer torque:STT)よりも効率的に磁壁をシフトできるスピン軌道トルク(spin orbit torque:SOT)を利用できる可能性があり、低消費電力のポテンシャルも期待できます。
3D磁壁デバイスの試作や評価には高い技術が要求されるため、現時点でナノチューブ構造における電流駆動の磁壁移動に関する実験的な報告はありません。この実証のためには、理論的な研究によって3D構造に付随する形状効果を明らかにし、その洞察を磁壁移動層の設計にフィードバックすることが重要です。
本研究では、PMAナノチューブ構造におけるシフト挙動をマイクロマグネティクス(μM)シミュレーション[3]を用いて計算し、ナノチューブにおいてもナノリボンと同様にSOTによって磁壁のシフト動作が可能であることを示しました。さらに、解析的な手法に基づいて、PMAナノチューブ構造の形状効果を有効磁場として定式化し、それらを導入した簡易的な1次元モデル(one dimensional model:1DM)[4] を用いて、磁壁のシフト特性を計算しました。
PMAナノチューブとPMAナノリボンにおける磁壁シフト特性を比較した計算結果を図2に示します。ナノチューブとナノリボンの磁壁速度の差は形状効果を反映しています。シフトレジスタメモリにおいては、正確な磁壁シフト距離の制御が要求されるため、形状効果を定量的に予測できることが不可欠です。また、図2からは、1DMと高精度なシミュレーションであるμMの結果が非常によく一致することが確認できます。1DMはμMに比べて計算コストが大幅に低く、処理速度も100倍以上速いため、PMAナノチューブの磁壁移動層設計の加速に寄与します。


本成果は2025年1月に開催されたJoint MMM-Intermag 2025において発表されました。
文献
[1] S. S. P. Parkin et al., Science, Vol.320, p.190 (2008).
[2] N. Umetsu et al., 2025 Joint MMM-Intermag.
[3] E. Martinez et al., J. Appl. Phys, Vol.116, p.023909 (2014).
[4] N. Umetsu et al., J. Magn. Magn. Mater, Vol.614, p.172738 (2025).